1月23日に今年度第1回目の平塚郷土史入門講座を開催しました。

テーマは1918年(大正7年)から1920年にかけて世界中で猛威を振るい、当時「スペイン風邪」と呼ばれたインフルエンザ感染症。世界全体で約4000万人が亡くなったとされる近代史上最悪のインフルエンザです。

「スペイン風邪」と呼ばれましたが、スペインから発生したわけでも、風邪でもありません。発生当時、ヨーロッパ主要国は第一次世界大戦の交戦中で、報道統制により国内のインフルエンザ流行を発表せず、流行の情報は中立国であったスペインから報じられ、スペインが病気の発生源と誤解されました。また、当時はウイルスは発見されておらず、病原体は細菌と考えられていました。

日本での「スペイン風邪」の流行は、1918年9月~1919年3月末ころの「前流行」、1919年9月中旬~1920年3月ころの「後流行」と、大きく2回の流行がありました。

平塚周辺では2回とも大磯町や吾妻村(現二宮町)など、南部の海岸地帯から発生し、次第に伊勢原、秦野と北部へと感染が進み、鎮静化も南部の海岸地帯から始まり、北部が遅れて鎮静化する傾向が伺えます。ここから、平塚周辺への「スペイン風邪」は東海道線から侵入し、北部へとまん延が拡大していったのではないかと推察されます。

現平塚市域の町村でも「一家全滅」など、悲惨な状況が報じられ、中郡(現平塚市・大磯町・二宮町・秦野市・伊勢原市)の死亡者は、前流行で409名(罹患者死亡率1.95%)、後流行で210名(罹患者死亡率7.32%)と記録されています。

詳しくは、早田旅人「神奈川県中郡における「スペイン風邪」の流行」(『平塚市博物館研究報告 自然と文化』第44号、2021年)をご参照ください。

次回の郷土史入門講座は、2月20日(日)に「近世丹沢山地の環境と景観」をテーマに開催予定です。募集は2月1日(火)から。詳しくは博物館ホームページ、「あなたと博物館」2月号、または「広報ひらつか」2月第一金曜日号をご覧ください。

会場の様子