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_カンカラ太鼓

平塚のお祭り −その伝統と創造− (I)

 カンカラ太鼓



 昭和20年代、北金目の子供たちは、太鼓の音が聞こえるとすぐに集まって、青年団の人が叩く太鼓を見に行った。一緒に手を動かしながら、耳で聞いて叩き方を覚えた。
 子供たちは、祭りが近づくと空き缶で太鼓を作り、叩いて遊んだ。蜜柑缶や桃缶はオオバチ(大太鼓)に、鯖缶や鰯缶はコバチ(ツケ)にした。缶の蓋を取り、内側から木の棒を底蓋に当て、底蓋の上から金槌でまんべんなく叩いて薄く伸ばしていった。伸ばすことによってカンカンとした高音の響きになった。
 空き缶の胴に小さな穴を2カ所あけて木綿糸を通し、竹藪や、良く響くようにお宮やお寺、塚越古墳のじしん塚など高台にある木に縛り付けて叩いた。木の上に丸太で畳一畳分ぐらいの簡単な小屋を造り、乗って叩いたこともある。三人一組で叩き、何組も集まって鳴らしっこもした。だから、良く鳴るように缶蓋を薄く伸ばした。お花見には寿司やお煮染めを入れた重箱を持って、花の咲いている所へ行き、友達同士でお重の中を取りかえっこしながら、缶の太鼓を叩いた。
 バチは、普段家で使っていた黄色い竹の箸をこっそり持ち出して使った。竹の箸は木の箸よりも鳴り、丈夫で折れることはなかった。
 鳴らしっこ用の空き缶とは別に、二枚の蓋の間に竹筒をはさみ、糸で締めて本物の太鼓のように作ったものもあった。これは飾り用で、音は鳴らなかった。
 北金目中久保では、小学1年生から6年生まで空き缶太鼓を作って遊んだ。子供時代の助走期間が長かったので青年団に入ってすぐにホンチャンの太鼓を叩けた。中久保の柳川勝正さんが、子供の頃を思い出して空き缶太鼓を作ってくださった。「今の子供は最初からホンチャンの太鼓を叩けるから幸せ」と語る。

北金目の柳川勝正氏製作の空缶太鼓 


北金目の柳川勝正氏製作の空缶太鼓_飾り用 
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