わたしたちは「相模川流域の自然と文化」をテーマに活動している地域博物館です

臼と杯

食の民具たち 平成16年冬季特別展 (1 臼と杵)

臼と杯


 収穫した稲は田んぼで数日間乾燥させ、脱穀して籾をとり、それを筵に広げて再度干し、唐臼で籾摺りして玄米にし、俵に詰めて保存します。玄米を精米するには、古くは二斗バリ臼という大きな臼に入れ、で搗いて糠を取り白米にしました。玄米の上に藁で編んだを乗せておき、輪の中を杵で搗くと、米がうまく循環してムラなく搗くことができ、また米が臼の外に跳ね飛ぶのを防ぐ効果もありました。搗き終わったらトウシに通し、糠と白米を選別しました。米搗き以外にも、麦を搗いてフスマをとったり、粟を精白するなど、穀物の精製に無くてはならない道具でした。
 臼での米つきは、一日に四斗、つまり一俵分搗くのが一人前とされました。米の年間消費量は家族の人数にもよりますが、三〜四世代家族で二十俵ぐらい必要でした。米は搗きたてが美味しく、搗いてしまうと長期保存が利かなくなるため、月に一度か二度、米搗きをしたことになります。昭和初期には水車による精米が主流になり、精米所へ俵を運んで搗くように変わり、さらにモーターの精米機が普及して米搗きの労働は軽減されました。
 もう一つの搗き臼である餅搗き臼は現在もいくらか使われています。餅搗き機で餅を搗く農家がほとんどですが、杵で搗いた方が餅に粘りが出るため、仕上げだけ杵を用いる場合もあります。昔は、暮、小正月前、お節供、お盆など餅搗きの機会は年に十回近くありました。
 臼には搗き臼と摺り臼があり、摺り臼には籾摺り用の唐臼と、製粉用の石臼があります。石臼は、木製のに乗せ、挽木に長い棒を通し、上臼を回転させて用います。屑米を挽いて団子の粉にしたり、小麦粉、蕎麦粉、黄粉作りなどに用いられました。製粉作業に欠かせなかったのがフルイで、網目の細かさの違いでダンゴブルイとキヌブルイとがあり、フルイの上に残った粉を再度石臼で挽いて細かくしました。
 芋切り機は薩摩芋を薄切りにする手回しの機械で、切った芋は乾燥させ、水車で粉にして保存し、芋の粉をお湯で練って蒸かし、芋団子にして食べました。春までは蒸かし芋、秋までは芋団子がおやつの中心で、朝食にも芋を食べて米の消費量を抑えました。

脱穀(だっこく) 籾(もみ) 筵(むしろ) 唐臼(からうす) 籾摺り(もみすり) 玄米(げんまい) 俵(たわら) 二斗バリ臼(にとばりうす) 杵(きね) 搗いて(ついて) 糠(むか) 藁(わら) 編んだ(あんだ) 輪(わ) 粟(あわ) 精白(せいはく) 穀物(こくもつ) 精製(せいせい) 一俵(いっぴょう) 美味しく(おいしく) 餅(もち) 節供(せっく) 石臼(いしうす) 挽木(ひきぎ) 上臼(うわうす) 屑米(くずまい) 挽いて(ひいて) 蕎麦粉(そばこ) 黄粉(きなこ) 網目(あみめ) 芋(いも) 薩摩芋(さつまいも) 蒸かし(ふかし)






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