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ひらつか歴史紀行 第36回

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ひらつか歴史紀行

 



第36回 金目川-水とくらしの歴史 その5・完(堤防の日常管理と非常時の対応) (2012年3月号)


 前回は、金目川の筋替えについてみてきました。今回は金目川の堤防の日常的管理の実際と非常時の対応についてみていきたいと思います。
 さて、実は江戸時代の金目川堤防の管理や非常時の実際がわかる史料はみあたりません。ただ、明治時代の史料や聞き取り調査からその実態をうかがうことができます。

北金目村「堤防治水仕法」(当館寄託)

 そのうちの一つ、明治4年4月に作成された北金目村の「堤防治水仕法」(『平塚市史』5 No.83)からは金目川堤防の管理体制・非常時の体制をうかがうことができます。それによれば、①農業の合間を見計らって2月・6月・8月の三度、家数に応じて人足を出して石取りをし、場所を見計らい溜めておく。川筋の良くないところがあれば、他村の支障にならない範囲で浚渫したり流れを変えたりする。②蛇籠30本・石枠・菱牛8組・明き俵150俵・縄100房を毎年2月に用意し、大堤にある仮屋に積んで備えて置く。洪水の時に使ってしまったらすぐに次を用意する。③洪水の時には予め選んでおいた壮健の者53人が持籠・鋤簾・鶴嘴・鉈・鋸・槌等を銘々持参して、名主の通達次第に出張する。人足の弁当は握り飯に香の物をつけて組頭方より差出す。④名主・水防役・組頭は勿論、主要な者はいつも油断なく堤防を見廻り、危険な場所はすぐに修繕し、水当たりの悪い場所は水刎ね(川が流れを変えたりしないように河岸から河身に設けた工作物)を修理すること、とあります。ここからは村は普段から堤防を気にかけ、その維持管理につとめていたことと、いざという時の体制を備えていたことがわかります。
 それでは、洪水の危険が迫るまさにその時、人々は具体的にどのように対処したのでしょうか。これについては明治時代のことと思われますが、聞き書きの記録があります(『平塚市民俗調査報告書』4 金目・金田)。それには次のように記されています。
 「大雨が降ったりして水が増えてくると土木常設委員や土木委員がカンテラをもって見まわったという。そしていよいよ土手が危くなってくると役員がフレを出したり、神社の鐘をついてムラ人を集めた。男女とも出て、男は土手で決壊に備え、女は炊き出しをした。決壊への備えはナガシ、カワクラや古畳を土手につけて押さえるなどの方法があった。ナガシというのは土手に杭をうってドウジメをし、近くの家の木や土手の桜の木などを伐って危ない所へ投げ込み、流れないように上に土俵をのせるか、あるいは丸太に土俵をしばりつけて危ない所に投げ込む方法である。(中略)年寄りが土俵を詰め、若い者が運んでカワクラ・ナガシを入れていった。(中略)土手がいよいようんでくる(土がやわらかくなってくる)とだめで、今度は畳ぶすまといって古畳などをもって川に入り、土手の内側にあてがって押さえていったという。押さえている人は手を離すことができず、また水の中で寒いのでヒシャクで酒を飲ませたり、口の中におにぎりを入れてやったりした。炊き出しは割り当てになった女の人が行い、米はその家でたてかえたり、あるいは地主などの大百姓の家で出した。炊き出しは塩むすびか茶飯にきまっていたという。」
 これを読むと、村の人々が老若男女総出で、まさに命懸けで堤防を守ろうとしていたことがわかります。
 さて、これまで5回にわたり、金目川をめぐる地域の動向をみてきましたが、人々は治水であれ、利水であれ、常に川・水を意識して生活してきたことがわかります。また、そのために村々は組合を作るなど協力してきました。しかし、協力関係だけでなく、一方で、堤防の維持負担をめぐる村々の確執、用水をめぐる上流と下流の確執、用水設備をめぐる村々の確執など、川と水をめぐっては様々な地域間・村々の対立・確執もありました。金目川をめぐる地域の歴史は、洪水の危険とたたかいながら、いかに川のめぐみを得ていくかという川と人との歴史だけでなく、それをとりまく村々・人々との協調・確執の歴史でもあったのです。このような治水・用水をめぐる地域運営・調整の経験は、もしかしたら自由民権運動など金目川周辺地域に特徴的な近代の動向と関係があるのかもしれません。しかし、この問題の解明は今後の課題とせざるをえません。

  

【参考文献】
 第100回記念特別展図録「金目川の博物誌」平塚市博物館 2008年

 早田旅人「近世中規模河川における治水秩序とその変容」(『平塚市博物館研究報告 自然と文化』32号 2009年)
 

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