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石材図鑑 堆積岩類1 (粘板岩:玄昌石・稲井石)

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堆積岩類1 (粘板岩:玄昌石・稲井石等)

玄昌石の接写 玄昌石の貼り床
▲ 玄昌石(雄勝石)の接写 (粘板岩)
▲玄昌石(雄勝石)の敷石
  宮城県石巻市雄勝町産   平塚市平塚 平塚の碑前
  登米層中部層(二畳紀後期)  
  玄昌石は黒色緻密な薄板状の粘板岩で、天然スレートとして全国的に有名です。産地は宮城県登米市(旧登米郡)登米町[登米玄昌石]と、石巻市(旧桃生郡)雄勝町[雄勝石・雄勝硯]及び女川町[女川石]に分かれて分布しています。それは二畳紀後期の登米層(中部層)が2地域に分断して分布するからです。この地域には、二畳紀後期に登米海と呼ばれる深い内海があり、粘土や泥が堆積し、それが白亜紀前期の地殻変動で褶曲を受けスレート劈開を形成して粘板岩化し、玄昌石となりました。従って、稲井石と同様、スレート劈開と地層の堆積構造とは著しく異なります。黒色の色味は粘土中の炭質物によります。
  登米町には日根牛・入谷・北沢や、その北東の米谷町鏡石に数多くの採石場があります。また、他方の雄勝町やその南の女川町では、二畳紀の登米層の他、三畳紀の大沢層中の、葉理の良く発達した灰色粘板岩からもスレートを加工しています。天然スレートは日本では二畳紀登米層と三畳紀大沢層のみから産出するだけです。
  玄昌石は天然スレートの屋根材の他、一般的には、薄い角板・乱貼り材、ないし薄い角丸の貼り床材として、内外壁・門柱・玄関床やアプローチに使われています。玄昌石は室町期以降に採掘され始め、年150万枚を産出します。雄勝石は雄勝硯として全国の硯の90%を占めると言われます。東京駅丸の内側の屋根がこの玄昌石の天然スレートです。現在では屋根用には使われないようです。 
玄昌石の敷石 玄昌石の小端積みの門
▲玄昌石の玄関前の敷石 ▲玄昌石(粘板岩)の小端積みの門への利用
  平塚市田村   平塚市西八幡
稲井石の接写 稲井石の碑
▲ 稲井石(仙台石) (砂質頁岩)   ▲稲井石(仙台石)の碑
  宮城県石巻市稲井町井内産   平塚市平塚 平塚の碑
  稲井層群伊里前層 (三畳紀) 白筋は砂の葉理で、粘板岩の劈開と層理が斜交しているのが特徴
  稲井石は仙台石、井内石とも呼ばれます。青黒〜黒灰色の砂質頁岩で、玄昌石のように薄く剥げず、厚さが20〜30cm程あるのが普通です。宮城県石巻市稲井町井内(狼沢山・上井内山・本山・菊面山)より産出します。大材がとれるので記念碑によく利用され、全国的に出荷されています。稲井石は三畳紀の稲井層群伊里前層の海成層(層厚1000m)です。稲井石の記念碑の表面にみられる明暗の縞は、地層が堆積したときの縞模様(葉理)で、石英質の砂質部が灰色を呈し、生痕化石に富んでいます。従って、この稲井石は地層の堆積後に著しい褶曲作用を受けたのち、堆積構造とほぼ直交方向に圧力を受けて、板状に剥がれる(スレート劈開を持つ)粘板岩となったものです。石碑用の他、屋根材・床材壁材・橋・土木用砕石・割栗にも加工されています。平塚市域では、明治期に立てられた忠魂碑等に数多く使われているほか、平塚学園高校の銘板も稲井石です。 
稲井石の銘板 稲井石の忠魂碑
▲稲井石の銘板 ▲稲井石の忠魂碑
  平塚市高浜台 平塚学園高校   平塚市河内 旭小学校東 
赤間石の接写 赤間石の乱張り
▲赤間石の接写 ▲赤間石(赤色部)の乱張り
  山口県山陽小野田市山陽町厚狭厚西、平沼田、二階口、森広,宇部市楠町字西万倉産   平塚市錦町
  関門層群下関亜層群(火山岩優勢層)  (白亜紀前期)
 赤間石は赤間ヶ石とも呼ばれ、赤色の緻密な岩石です。上の写真は青い武蔵青鉄平石(結晶片岩)と混ぜて乱張りに使われています。赤色は酸化鉄によるものです。粘板岩のようですが、白亜紀の輝緑凝灰岩です。
 赤間硯として硯石にも多く利用されます。色合いにより紫金石、紫雲石、紫青石、紫玉石、紫石などがあります。
スケールバーは1cm


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