10 塚越古墳とむら
10 塚越古墳とむら



●塚越古墳について
 塚越古墳は平塚市北金目字塚越に所在し、北金目台地に立地しています。調査は昭和34年度に行われ、全長45mの前方後円墳とされ、遺物は管玉、刀子、人骨が出土しました。埋葬施設は粘土敷きの割竹の木棺直葬と推定されています。平成6・8年に周溝の調査が行われ、土師器坩・器台・高坏、小銅環が出土しています。この調査で墳形は前方後方墳の可能性が指摘され、年代も従来の6世紀代から4世紀代と遡りました。
 墳形の課題はまだ残っていますが、年代は古墳時代前期の古墳と考えます。


塚越古墳                    塚越古墳出土の管玉


●塚越古墳とむら
 北金目台地の塚越古墳を中心とする、当時のむらの様子を、台地の古墳、低台地のむらと低地の水田耕地の関係を視点において模型で再現しました。現在、塚越古墳周辺の調査によって、弥生時代後期後半から古墳時代前期にかけての、県下最大級の集落と方形周溝墓群が発掘されて、塚越古墳が生まれる背景を読みとることができる状況になってきています。

●塚越古墳の時代は
 塚越古墳が造られた古墳時代前期(4世紀)は大和王権がその勢力を拡大するため、地方に前方後円墳を造らせ、王権の傘下に組み入れようとした時代です。平塚市最古の真土大塚山古墳(4 世紀前半)もそのような状況で造られています。しかし、4世紀後半になると塚越古墳とほぼ同じ頃に幾つかの古墳が造られていることから、相模川流域も複数の首長によって支配されていたと考えます。その一つが塚越古墳で、金目川水系を握った首長と考えます。

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