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3攻撃機の攻撃開始時間

特別展 44万7,716本の軌跡−平塚の空襲と戦災− (4 平塚大空襲−準備された空襲−)

3.攻撃機の攻撃開始時間


 平塚空襲にあたる部隊は、第314飛行隊のB29爆撃機133機でした。この133機のうち12機編成のB29は先導機といいます。この12機の先導機は、攻撃参加機の先導役を努め、優秀なレーダー班を搭乗させ、市街中心目標MPIに先行投弾することを目的に編成されていました。そのため後続機は、先導機の先行投弾によって引き起こされた市街中心目標MPIの火災を目印に投弾するようになっていました。また、平塚を空襲攻撃した133機には4機の特殊電波撹乱専用機も投入されています。これは、当時の平塚が強力な対空火器により武装されていると米軍は予想ていたからで、高射砲やレーダーと連動する探照灯に対して電波妨害を試みるため攻撃に参加したものでした。
 平塚空襲のためグアムの基地を発進した1番機は、日本時間の16日16時38分、攻撃のための最終機が基地を飛び立ったのは16日の17時45分でした。したがって、133機すべての攻撃機が基地を飛び立つために要した時間は、1時間7分も必要としたのです。ただし、133機のうち1機は離陸に失敗しました。したがって、最終的に平塚の空襲に参加したB29の機数は、132機でした。攻撃機の1番機が、陸地すなわち平塚を目視した時間は、23時12分です。この1番機は、その20分後に初弾を平塚の町へ投下します。その時刻は、23時32分でした。攻撃にあたる最終機が平塚を目視したのが、17日O時53分。そして、最終機の最終投弾時刻が、1時12分でしたから、平塚は1時間40分にわたりB29爆撃機による絨毯爆撃が実施されたことになります。その間、市民は恐怖の中にあったといえます。






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