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_神輿渡御の実際

平塚のお祭り −その伝統と創造− (I)

 神輿渡御の実際


 宵宮から神輿が渡御する神社もあるが、例祭の式典終了後にお発ちすることが多い。お発ちの前は、氏子総代、神輿保存会長、交通安全協会などが挨拶し、友好団体を紹介して襷を渡す。そして御神酒で乾杯する。神輿保存会長が輿棒に乗って拍子木を打ち、担ぎ出す。神社の前で甚句を一、二曲唄うことが多い。
 太鼓の車山車と子供神輿が前後に付き、神輿渡御が始まる。神名旗、先触太鼓、神職、宮世話人などが神輿の前を歩き、神輿の後を氏子や友好団体がついて歩く。夜になると神輿の四囲を高張提灯が照らす。
 20分ぐらい担ぐと御酒所で休憩する。御酒所の前ではたいてい甚句を唄う。御酒所は、組ごとに定められていることもあるし、個人宅を提供することもある。御旅所祭として神主が一通りの神事を行うこともあるし、休憩だけの時もある。寺田縄の御酒所では、ふんだんに手料理が振る舞われる。
 渡御は全コースを担ぐ所は少なく、範囲の広い所は部分的に車に載せて回る。中吉沢では軽トラックに神輿の前棒をのせ、後棒は人が担いで歩くという珍しい渡御スタイルも見られる。須賀や神田地区の三社、すなわち田村、大神、横内は全域を担いで回る。非常に神輿が盛んな地区といえる。
 神輿が浜降りをするのは、三嶋神社、春日神社、平塚八幡宮である。三嶋神社は宮神輿と子供神輿6基が海に入る。春日神社は現在渡御中止。平塚八幡宮は袖ヶ浜海岸にミタマ神輿をすえて神事を行うが、神輿を海には入れない。
 田村八坂神社と大神寄木神社は昭和30年頃まで相模川に入って禊ぎをした。今は田村は神川橋の袂で川の水を柄杓で神輿にかけて禊ぎをし、寄木神社も八坂神社跡地で同様に禊ぎをしている。
 平塚八幡宮では例大祭の夕方に、見附台から神社まで旧東海道を神幸行列が東上する。行列は30年ほど前から始まったものである。近年は車に宮神輿を載せているが、今年は馬入の人たちで担ぐ話も持ち上がっている。
 神輿は夕方になると提灯に灯がともり、担ぎ手も増え一段と活気が出てくる。どの祭りもいちばん盛り上がるのは宮入である。概して神田地区は宮入して輿を下ろすまでの時間が長く、横内御霊神社は鳥居をくぐってから優に30分担ぐ。
 前鳥神社は、雅楽が奏される中、日本武尊面を被る宮司を先頭に、神輿が宮入する。神輿の鳳凰に晒しの布を結び、陣笠裃姿の氏子総代が布の先端を引いて社殿へ誘導する。この布を奠の綱という。田村、大神、横内も同様に鳳凰へ結わえた晒しの布の先端を神主が引く。前鳥神社の社殿手前には篝火が焚かれ、奠の綱に導かれた神輿が宮着する。宮着後、粽が撒かれる。寄木神社や御霊神社も粽を撒く。
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