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_新しい鎮守社

平塚のお祭り −その伝統と創造− (I)

 新しい鎮守社


 58社の残りの5社のうち、3社は土屋にある。もともと土屋全体が熊野神社の氏子で、明治45年に各集落にあった小鎮守を合祀した。それがお宮さんが遠いからとの理由で、昭和24年に早田へ造化神社、惣領分へ八坂神社、上惣領へ愛宕神社を分祠した。以来、早田と惣領分と上惣領は熊野神社の氏子から分離し、元々の小鎮守を鎮守として祀るようになったのである。
 最後の2社は、昭和2年に創建した諏訪町の諏訪部神社と、昭和25年に創建の花水台の浜嶽神社である。どちらも、元々は春日神社の氏子域だったが、今では地区の鎮守として祭祀している。以上で、近世からの鎮守社と合わせ、鎮守社は51社となる。
 これまで見てきたように、各地域の鎮守社51社を基本とし、神輿渡御がなされる神社7社を加えて58社としている。この58社で平塚市の鎮守社および鎮守社同様の規模で祭礼を行っている神社は網羅できたと考えている。新興住宅地のふじみ野と日向岡は神社が無いので対象外とするが、自治会主催の夏祭りなどに子供神輿が出る。同様にめぐみが丘も対象外とした。
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